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東京高等裁判所 昭和49年(う)724号 判決 1975年8月05日

被告人 広瀬勇

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人本人及び弁護人土井永市提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

被告人本人の控訴趣意第一点について

所論の前段は、要するに、被告人が支配人または代表取締役として営業主を代理しまたは会社を代表して適法になした職務行為について、原判決がこれを弁護士法七二条に違反すると判断したのは、同条の解釈を誤つたものであり、原判決には判断遺脱、擬律錯誤の違法があるというのである。

そこで、一件記録を精査して案ずるに、原判決が弁護士法違反として認定した法律事務の取扱いに関し、当時被告人が依頼会社の代表取締役に就任していたことを認めるに足りる証拠はないが、多くの場合被告人が支配人として選任登記されていたことは原判示のとおりであり、この点について原判決は、支配人選任の実体を伴わず、被告人の要求により当該法律事務取扱いのためにのみなされた脱法手段であつたものと認定判示しているところであり、右認定は関係証拠に照らし正当として肯認することができる。のみならず、弁護士法七二条の法意は、他人を代理してする場合を含めて、弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事務を取扱うことを業とすることを禁止するものであることは法文上明らかであり、同条の違反の成否は、当該弁護士でない者が民法上の契約や商法による支配人選任その他の私法上の行為によつて依頼者のため裁判上または裁判外の行為をする権限を有すると否とにかかわらないものである。原判決は、弁護士でない被告人が報酬を得る目的で原判示のとおり法律事務の取扱いを業とした旨を証拠により認定しているのであり、所論の判断遺脱も法令適用の誤りも存しないから、論旨は理由がない。

所論の後段は、要するに、原判決が弁護士法違反の点に関し、被告人に報酬を得る目的があつた旨認定したのは、事実の誤認があり、また被告人が法律事務を処理するに当たり依頼者から報酬と経費とを併せて受領した金員について、その内訳を明らかにしないのは、判断遺脱があると主張するものと解される。

そこで、一件記録を精査して検討するに、被告人が原判示の法律事務を取扱うについて、報酬を得る目的のもとにこれをした旨の原判決の認定は、原判決挙示の証拠を綜合すれば、優にこれを肯認することができ、所論の事実の誤認は存しない。また、弁護士法七二条の禁止規定に違反する罪は、弁護士でない者が報酬を得る目的で、業として、法律事務の取扱いをすることにより成立するものであつて、犯人が現実に報酬を得たことによつてはじめて成立するものではなく、原判示の所為において、被告人が現実に報酬を得た場合であつても、その旨を判決に摘示することを要するものではないから、判断遺脱をいう所論は、その前提を欠くものである。したがつて、論旨はいずれも理由がない。

同第二点について。

所論は、結局、被告人の生活保護法違反の罪の成立を認めた原判決の事実の誤認を主張するに帰する。

そこで検討するに、原判示のとおり、被告人が収入を秘匿して不実の申請をし、これにより生活保護費の支給を受けた旨の原判決の認定は、原判決挙示の証拠により、優にこれを肯認することができ、一件記録を精査しても、所論の事実の誤認は見出し得ないから、論旨は理由がない。

同第三点について。

所論の前段は、被告人の業務上横領罪の成立を認めた原判決の事実の誤認を主張するものである。

そこで検討するに、原判示の業務上横領罪に関する原判決の認定は、原判決挙示の証拠により、優にこれを肯認することができ、一件記録を精査しても、所論の事実の誤認は見出し得ないから、論旨は理由がない。

所論の後段は、原判決の憲法違反をいうが、その主張の内容は、実は原審における証拠調べの請求に対する採否の決定を不当であると主張するもので、原審裁判所がした所論の精神鑑定の請求の却下が正当であることは、弁護人の控訴趣意中同旨の主張に対する後記の判断のとおりであるから、違憲の主張は、その前提を欠き、論旨は理由がない。

同第四点について。

所論は、要するに、原判決の判断は、原審裁判所が自由心証の権限を越えてなしたもので、公平かつ冷静な判断とは認められないから、不法な判決であるというのである。

そこで、一件記録を精査して検討するに、原判決の判断は、適法の証拠調べを経た証拠に基く正当な認定による判断として是認することができ、なんら自由心証の範囲を逸脱するものではないから、論旨は理由がない。

弁護人土井永市の控訴趣意第一点のうち精神鑑定請求の採否に関する主張について。

所論は、原判決は被告人が真正てんかん患者で時折大小の発作に襲われることを認定しながら、被告人の精神鑑定を求めた弁護人の証拠調請求に対し原審裁判所が採否の決定をしなかつたと主張して非難するが、原審裁判所がその第一七回公判において所論の鑑定請求を却下したことは一件記録上明らかであるから、結局所論は右鑑定請求を採用しなかつたことをもつて、審理不尽の違法があると主張するものと解される。

そこで、一件記録を精査して案ずるに、被告人には原判示の病状の真正てんかんの持病があるが、原審裁判所は、職権により、被告人の責任能力に関する証人として、本件犯行前からの被告人の主治医大藤一夫につき取調べをなし、被告人の疾患の性質、経過、加療内容及び心神に及ぼす影響について詳細な証言を得た後、鑑定請求に対する当事者の意見を求め、請求者たる同弁護人から、精神鑑定をしても同証人の証言程度の結果しか出ないと思う旨の意見を聴いたうえ、必要がないものとして右請求を却下したことが認められ、右証言を含む証拠により認められる被告人の病状及び犯行の態様等にかんがみ、原審において被告人の精神鑑定の請求を採用しなかつたことは、これを相当として是認することができ、所論の審理不尽の違法は存しないから、論旨は理由がない。

同第一点のうちの法令適用の誤りをいう主張及び同第二点中の心神耗弱の主張について。

所論は、要するに、被告人は本件犯行当時真正てんかん患者であり、てんかん発作がおさまり次の発作があるまでの中間の心神耗弱の状態において犯行がなされたのに、これを認めなかつた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認ひいては法令の適用の誤りがあると主張するものと解される。

そこで、一件記録を精査して検討するに、関係証拠により認められる本件犯行の内容及び被告人の疾患の性質、経過に照らし、被告人の本件犯行は心神耗弱ないし心神喪失の状態においてなされたものではないことが認められ、同旨の原判示の判断は、正当としてこれを是認することができ、所論の事実の誤認及び法令適用の誤りは存しないから、論旨は理由がない。

同第二点中の量刑不当の主張について。

所論は、原判決の量刑は重過ぎて不当であるというに帰する。

そこで、一件記録を精査して考えるに、被告人は、自宅に、事務機器類、什器備品や法律図書類を備えて弁護士事務所に匹敵する立派な事務室を設け、弁護士でないのに、報酬を得る目的で、原判示のとおり、業として、多数の他人の法律事件に介入関与し、訴訟行為を含めた諸種の事務処理を実行して法律事務を取扱い、その過程において、原判示の強制執行妨害の行為をなし、また右業務に関連して債権取立てにより保管するに至つた金員を横領したほか、他にも原判示のように良くない行動が多々あつて現実に害悪を生じ、さらに同じ時期に収入を秘匿して不実の申請をすることにより長期にわたり生活保護費を受給したもので、その受給金額も一〇〇万円を超え、前示の横領の金額も少ないとはいえないことのほか、被告人に全く反省の色が見られないことも併せて考えると、特に所論が指摘する被告人の持病の点を含めて被告人に有利なまたは同情すべき諸般の情状を考量してみても、被告人を懲役二年の実刑に処した原判決の量刑は、やむをえないというべきであり、所論の量刑の不当は存しないから、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文に則り、主文のとおり判決をする。

(裁判官 寺尾正二 渡辺惺 田尾健二郎)

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